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2004.06.11

レイ・チャールズ逝く

言葉は悪いけど、今年はやっぱり、大物の逝く当たり年なのかも知れない。
R&Bの巨星、レイ・チャールズ逝く。享年73。

特に好んで聞いていたわけではないけど、彼の歌声は、何気無しに耳にしていることは多いだろう。
自分にとって印象深いのが、USA for AFRICAとして参加した「We are the World」のレコーディングシーンが心に残っている。
彼のパートは後半部、「We are the World. We are the children〜」とソロを取るところ。
USA for AFRICAには、当時、全米のみならず、全世界で人気を誇っていたアメリカのアーティスト達が参加していたわけだけど、彼の貫禄、ソウルフルな歌声は見事だった。

日本がバブル経済で浮かれていた頃、サントリーホワイトのCMで、「いとしのエリー」を彼がカバーしていたのを覚えているだろう。
「金に物言わせて無茶苦茶やりやがって!」といぶかる向きもあったようだが、何も知らん人は、「あの曲はレイ・チャールズの曲で、日本のサザンオールスターズがカバーしたのだ」と思ったかも知れない。
(いあ、そんなことは無いと思うけど)
あの曲を作った、桑田佳祐の才能もさることながら、見事に自分のものに昇華したレイ・チャールズには、脱帽するしかない。

レイ・チャールズに「いとしのエリー」歌って貰うと言う話、週刊新潮に連載されている、北杜夫さんの愛娘、窓際OLこと斉藤由香さんのエッセイにも出てきたことがある。
(彼女はサントリーの社員で、「マカ」の宣伝ウーマンとして知られている。人呼んで「精力剤を売る女」なんだとか)
なんでも、レイ・チャールズを敬愛して止まない社員が言いだし、「なら、やってみなはれ」と、ホントに実現させてしまったのだとか。
「やってみなはれ」とは、サントリーの社風なんだそうだが、古くから広告のセンスの良さに定評のある会社だ。
初め見たとき「流石、サントリーだ」と思ったものである。

さて、芸能人でも彼を敬愛して止まない歌手・タレントさんは多いという。
特に、歌手の和田アキ子さんは、レイ・チャールズの大ファンだそうで、歌手生活30周年記念コンサートで、念願かなって彼とステージを共にしている。
日曜日の「アッコにおまかせ」は、レイ・チャールズへの追悼で幕を開けるに違いない。

それでは私も、レイ・チャールズの歌う「いとしのエリー」を聴いて見送ろう。

怪異名所巡り

今日、会社帰りに立ちよった書店で、赤川次郎先生の本を買い求める。
「怪異名所巡り2 その女の名は魔女」と言うタイトルで、弱小バス会社に勤めるバスガイド「町田藍」を主人公にした短編小説が6話収録されている。

この小説は、現在テレビ朝日系列で放映されている「金曜ナイトドラマ 霊感バスガイド事件簿」として、テレビドラマ化されている。菊川怜が主人公の町田藍役を務めていて、放映発表の時、毎回登場するバスガイド姿が話題になったと記憶している。

男は何故か、制服姿の女性を好む。
それは、私も同じだ。
半分くらい、スケベ心が働いていたっていいじゃないか。
男は想像する生き物なんだから。

さて、本の方だが、帰りの電車内と帰宅途中に立ちよった喫茶店(ドトールコーヒー)で、一気に読み終えてしまった。
赤川次郎先生の小説を読んだのは、実に10年ぶりくらいになる。
本の内容については色々と意見も多いと思うが、軽いタッチで書かれて読みやすいと思う。
登場人物のキャラが立っているのが一因だろうか?

テンポ良く読めるというのは、大切だなと感じることがある。
読み手の好き嫌いも有ると思うが、私は、何か突っ掛かった感じがすると、途中でイライラして読むのがおっくうになってしまうことがあるのだ。

具体的に言うと、テンポ良く読んでいるときは、頭の中に映像が浮かび、あたかも映画を見ているような感覚である。
小説に書かれている情景を、自分の知っている・覚えている光景に当てはめているから可能なのであるが、歴史小説になったりすると、途端にペースダウンしてしまう。
記憶の隅に残っている、テレビ時代劇などのシーンを当てはめていけば良いのだろうけど、時代小説を読んでいると、どうしても、物語の舞台となっている時代について、細かなことが気になるからである。
それも至極どうでも良いことばかりで、気が付くとインターネットを駆使して、小説とは別のことを調べていたりする。
でも、これはこれで楽しいひとときではある。

閑話休題。
今日買った本もテレビドラマ化されている訳だが、過去、多くの作品が映画・ドラマ化されている。
だが、どうも映像化された作品が好きになれなかった。
なまじ原作を読んで内容を知っていると、自分の描いていたイメージと、映画やドラマで映像化された画面に違和感を感じてしまうからだ。
また、ドラマ化される課程で、ストーリーが若干変えられたりするのも気になる。
別物と割り切って楽しめればいいのだが、その辺は、まだまだ未熟なようである。

最後になるが、今から10年ほど前、某私鉄沿線の駅前にある喫茶店で、赤川次郎先生とおぼしき人物を見たことがある。
小雨模様の日曜日だったのだが、散歩がてら駅前まで出て、喫茶店で一服していると、隣の席に座っている二人組の話しが耳に入ってきた。
「ここのトリックをどうするかだよなぁ〜」
小説家と編集者らしいと言う事は想像できた。そして、小説家らしき人物の、やけに甲高い声には聞き覚えがあったのだ。
「もしかして、赤川次郎先生か?」

小説家という人たちは、一部の人を除いてテレビなどにはなかなか出てこない。
従って、顔は知っていても(裏表紙に著者近影が載っている場合)声までは知らないというのが殆どだ。

20年以上前「ザ・ベストセラー」というテレビ番組があった。
番組の内容は、本の売り上げ週間ランキングや、作者のインタビューを放映していた。
当時としても異色の番組で、土曜夜の放映と言うこともあり、当時小学生だった私も毎週見ていたのだが、視聴率が良くなかったらしく、半年足らずで終了してしまったと記憶している。
その番組で、赤川次郎先生のインタビューが放映されたのである。
映画「セーラー服と機関銃」のヒットに乗り、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気作家の登場と言うことで、ワクワクしながら見ていた事が思い出される。
もっともご本人は、慣れないテレビ出演(VTRだった)に緊張したためか「一度出たけど、もうこりごり」と紺野美沙子さんとの対談で語っていた様だが。
(この話は、徳間文庫から出された「赤川次郎ワンダーランド」に収録されていた)

その時「思ったより甲高い声なんだな・・・・」と感じていたのだが、その記憶がよみがえったのである。

ちらりと横目で見ると、確かに本の裏表紙に載っていた著者近影の顔に似ている。
今現在の写真では、昔よりだいぶ恰幅が良くなっているが、まだスリムな頃だったのだと思う。
視線をそっと机の上に移すと、クリップで留められたゲラが確認できた。
「ミステリ博物館」と書かれていただろうか。
赤川次郎先生の短編集に、このタイトルのものがある。

野暮なのを承知で、話しかけてみれば謎は解けたかも知れないが、私には、その勇気がなかった。
編集者と一緒になって、アイディアを出し合っている所に(かなり話が弾んでいた様子だった)水を差すような真似は出来なかった。

後で調べると、当時、赤川次郎先生は、某私鉄沿線に住まわれていたようだ。
私の住む町より、もっと奥の方ではあったが。

私は、間違いなく本人だと確信しているのだが、今となっては確認すべき手段はない。
それだけの話であるが、何故か印象深く残っている。

2004.06.05

探し物はなんですか?

見つけにくいものですか?なんて、調子に乗って続けると、JASRACから怒られるので止めておく。

探し物をしていて、何遍も探したのに見つからなかったものが、ひょんな所から出てくる事は多々ある。
大体、最初に探した場所から出てくるもので、探し物しているときは殆どの場合、冷静なつもりでも慌てているから、目の前にそれがあって、視界にも入っているのに、すっぽり抜け落ちちゃうんだろうなと思う。

吉井怜さんのココログに、「無くしたと思っていたパスケースが、上着から出てきた」と言う記事が投稿されていて、きっとその上着のポケットは、一番最初に探したんだろうなぁ・・・と、探し物をして慌てている彼女の姿を想像すると、コメディの一場面みたく見えるかも知れない。なんて無責任なことを思ってしまう。
探している本人としては、笑い事じゃないんですがね(笑)

さて、とても大切にしているものなど、無意識に美化してしまって、目の前にあっても見落としてしまうこともあるのじゃなかろうか。

ある時、雑誌に掲載されていた記事のことがとても気になり、自室にある本の山を大捜索したことがある。
ようやくその記事が載っていた雑誌を見つけ出しページを開くと、どうしてこんな内容の記事が気になったのだろう?と言う代物であった。

記事を探している最中に、あれこれと想像を働かせ、必要以上に美化してしまったのだろうなと思う。
そう言えば、養老孟司先生の本にも、このような話が出ていなかっただろうか?
ちょっと本棚を漁ってみよう・・・・。

人目もはばからず

会社からの帰り、自宅最寄り駅の駅前にある、ドトールコーヒーに立ち寄って一服するのが習慣になっている。
会社近くの書店で買った文庫本を電車内で読み、自宅最寄り駅に着いたら、ドトールコーヒーで続きを読むという次第だ。
帰宅してからゆっくり読むのが良いんだろうけど、色々細々とした事もあるので、このパターンが定着している。

アイスコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいると、斜め向かいの席に座っていた男女に目がとまった。
男の方は背を向けて座っていたので、必然的に女性の方へ目がいく。
近くには私立の大学があるので、おそらくそこの生徒だろう。自分には、学校帰りに女の子と喫茶店で語らうなんて経験が一度もなかったから、その光景は、ちょっと羨ましい気もする。

男の方は、女の子の方を見ながら何か話しているようだが、きっと話の内容がつまらないのだろう、女の子の足下を見ると、靴を脱いで、それをつま先に引っかけたりして遊んでいた。
いや、単純に、履いている靴が革のパンプスだったから、蒸れて気持ち悪かっただけなのかも知れない。
最近は、女の子でも水虫を患っている子が多いと言うし、これからの季節、お互い大変だなぁ等と思いつつ、再び文庫本の続きに目をやる。

しばらく読み進んで、タバコでも吸おうかと思い顔を上る。
タバコの箱に手を伸ばしながら、ふと、先ほどの女の子の方を見ると、今度は足の甲を掻いていた。
男の方は気づいていない様子だったが、なんとも色気のない所作だなぁと思っていると、痒みが伝搬したのか、向こうずねやふくらはぎも掻きだした。
こうなると、流石に男の方も気づくだろうし、女の子の方も「赤くなってない?」とばかり、足の向きを変えて見せたりしている。

まぁ、端から見ると何だけど、お互い、気兼ねするような仲じゃないから、こういうのも平気なのかも知れない。
人目もはばからずってのはどうかと思うけど、痒いなら仕方ないか。

「そう言うところを観察するんでない!」
(心の中から)そんなツッコミが聞こえてきたので、また文庫本に目を移す。

残りは20ページあまり。
一気に読み終えて、席を立った。

梅雨入り前の、ちょっと肌寒い夜だ。

2004.06.04

太陽の匂い

湿度も高くなく、風もからりと清々しい、気分の良い一日だった。
こういう日は仕事を放り投げて一日中、河原で空を眺めつつボーっとしているのが最高だったりする。
あと、絶好の洗濯日和。

平日は帰りが遅いから、掃除洗濯は週末にまとまって行う羽目になるのだが、肝心の週末が雨模様だったら、洗濯物が干せない。
「乾燥機があるじゃないか!」と言うなかれ。我が家の洗濯機置き場は、外廊下にあるのだ。
従って、こまめに掃除しないと洗濯機は埃まみれ。乾燥機を置くには辛い環境だ。

それと、乾燥機を使うと布地が傷むから使いたくないというのが本音。
「乾燥機の使い方を間違っているのでは?」という指摘もありそうだが、多分そうだと思う。

社員寮に住んでいた頃、寮の洗濯場には全自動洗濯機と乾燥機が完備されていたけど、乾燥機の殆ど、洗濯機の半分は故障していた。
何故故障するかというと、目一杯詰め込むから。
会社も、はじめの頃はこまめに修理をしてくれていたが、そのうちに「洗濯機・乾燥機の正しい使い方」と言うお達しが配布された。
聞くところによると、何度も修理しているうちに、新品に入れ替えられるくらいの費用が発生したのだそうだ。
男所帯だと、がさつになっていかん。

女の子にとってみれば、乾燥機は必需品じゃなかろうか?と感じるところがある。
肌着類とかをベランダに干すと、下着泥棒なんかに狙われそうで落ち着かないと、知り合いの子が言っていた。
家族と同居していても、下着類は自分で洗濯して部屋干ししていると言う子もいたし、家族と言えど、恥ずかしいものなのだろう。

「本当は部屋干しは貧乏くさく感じるし、太陽の光を一杯浴びて乾かした洗濯物の匂いは大好きなんだ」とも言う。
これは自分も同感で、晴れた週末が嬉しい理由の一つでもある。
干してふかふかの布団、太陽の匂いがいっぱいのシーツに包まれると、とても気持ちが良い。

話は変わるが、前に洗濯物をベランダで干していたとき、隣の部屋の洗濯物が目に入り、ドキリとした経験がある。
隣の部屋は新婚カップルが住んでいたのだが、奥さんのセクシーで艶めかしい下着が干されていたのだ。
それもかなり沢山。
隣の奥さんは、見た目はかなり地味。一度、おめかしして出かける所をすれ違ったこともあるが、それでも地味な感じ。
なんだけど、干している下着はどぎついまでに派手。
「人は見かけによらないなぁ〜」と知り合いの女の子に話したところ、「案外と普段は普通の物で、それは夫婦生活用なんじゃない?」との指摘をいただく。

確かにそうなのかもしれない。
しかし、確認する術は無いので「自分が結婚したら、全ては解明されるだろう」と、身も蓋もない結論で落ち着いた。

それにしても、隣の洗濯物に、非日常的なものを感じるのは何でかな?と思う。
「それはあなたの考えすぎ!」
想像力が豊かというのは、必ずしも良いことばかりではない。

さて・・・・吉井怜さんのココログにトラックバックした投稿が、こんなので良いのだろうか・・・
怜ちゃん、ゴメン!

聖火ランナー

今年の夏、アテネでオリンピックが開かれるが、6/6に聖火リレーが東京に訪れる。
今朝出社すると、会社の人が聖火ランナーとして参加されるようで、「みんなで応援に行って欲しい」と言うメールが届いていた。

オリンピックの開催を心待ちにしている人も多いと思うが、聖火リレーがやってくると、いよいよ気分も盛り上がってくる。
しかし、一番の関心事は「アテネのオリンピックスタジアムが、開会式までに完成するか?」ではないだろうか。
スタジアムの工事遅れについては、IOCがギリシャ政府に対して最終通告をする等言う事態にもなっている。

日本でも東京オリンピックが開催されたとき、各種施設の建設や道路などの整備を急ピッチで行ったと聞いているし、その他の開催地でも似たような話を良く聞く。

オリンピックの開催が目前なのに、まだ工事が完了してないと言うのも凄い話だが、間に合わなかったら間に合わなかったで、広い野っ原探してそこでやればいいじゃない。なんて事も思ってみたりする。
(そんな場所があるのかは知らない)

せっかくオリンピック発祥の地で開催するんだから、近代的なスタジアムじゃなくったって、地中海を渡る風、降り注ぐ太陽の光を全身に受けて、遙か古代に思いを馳せるのもいいじゃない。
その方が、記憶に強烈に残るんじゃないかな?
開催国の政府やオリンピック委員会としては、またとない失策ですけどね。

と、端から見ている人間の感想なんて、所詮こんなもんである。
私自身が、他の人に比べて特殊な感想の持ち主という事は、あえて否定しない。

2004.06.03

アクセス解析

このページは、ココログプラスにシステム変更をした。
何か違うかってのは、紹介ページを読んでもらうとして、ココログプラスにすると、アクセス解析が出来る。
ココログの管理画面から、アクセス数やリンク元の確認なんかが出来るわけです。

で、このページへのアクセスは、殆どありません(爆)

私が書き込みしたときに表示確認でアクセスするだけです。

まぁ、記事投稿した後、はてなアンテナとか、ココログナビ等からアクセスがあるんですがね。

まぁ、誰も読んでないからと言って、戯言を暴言にしないよう注意したい。

佐世保で起こった事件は、ショックだ。
マスコミの報道によると、「ホームページの書き込みでトラブルがあったようだ」と報じられている。

どんな内容が書き込まれていたのか、ちょっと調べれば出てくるかも知れない。でも、興味本位で見る気はない。
でも、誰かが発掘してアドレスを書き込んでいるかも知れない。
週刊誌も、事細かに事の次第を報じるだろう。

言われて嫌なことは誰にでもある。
面と向かって言われるのは嫌だし、文字になっているともっと嫌だ。
口で言われるより、文字になっている方がショックは大きい。

発端は、子供同士でよくある言い争いだったのかも知れない。
何かの拍子で「裏切られた」と思いこんでしまったのかも知れない。
「仕返ししてやる」と思ったことは自分でもある。
だけど、実行になんか移さない。
そんなことをして何になる。
誰も喜ばない。
強いて言うなら、周りの野次馬達が喜ぶだけだ。

だが、今回の結末だけは最悪だ。

自分に降りかかった、深い闇を切り裂こうとして振るったナイフが、ますます闇を深くしてしまった。
大人達は、ただオロオロするだけ。

それで良いのか?

何とも言えない、嫌な空気が漂っているなぁ・・・

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